
移住歴約2年
千葉県より移住
余田 大輝 さん
当時、高校生だった2018年から葛尾村に関わり続けている余田さん。田植え・稲刈りイベントの参加をきっかけに、関東と葛尾村を行き来しながら、この村での活動・暮らしを実践的に積み重ねてきました。2024年11月に住民票を葛尾村に移し、今はソフトウェアエンジニアとして働きながら、葛尾村―東京の2拠点生活を送っています。今回は、余田さんの葛尾暮らしをのぞき見ながら、自身が運営管理する「松本家」について話をうかがいました。

葛尾村に初めて来たのは、2018年。高校生のときに参加した田植えイベントがきっかけでした。僕自身、もともと農業や棚田に興味があったんですよね。あ、ちなみに高校生対象のビジネスプラン・コンテストで、棚田用の稲刈り機を提案して全国優勝したこともあります。周りからはちょっと注目されたりもしました(笑)。その後も、葛尾村にはインターンシップや活動のお手伝いなどで通うようになって、気づけば村の人たちとの縁が増えていきました。
当時、僕以外にもいろんな学生が葛尾村に集っていたんですよ。その滞在拠点だった民泊施設が手狭になってきて、学生たちのとまり木になれる場所がほかにもあればいいなって。そんなときに「松本家」と出会いました。葛尾出身の松本隼也さんのご実家で、80年以上にわたり人が住んでいた家です。原発事故のあと、長らく人が住んでいなかったのですが「この家を何かに使いたい」と、隼也さん自身も考えていたみたいで。


そうしたら、隼也さんが「家を使ってもいいよ」って。それからは、僕が葛尾村に来る時の拠点として使わせてもらうようになりました。インターン生や友人が集まって、ごはんを作ったり、語り合ったり、アジトみたいな感じで(笑)。そんなふうに、「松本家」に明かりが灯る日が増えていきました。

そうした日々の延長線から、「松本家」を舞台に、ある企画が立ち上がりました。その名も「松本家展」。この場所に関わる人たちが、それぞれの視点や表現手法で松本家を語るという取り組みです。もともとの松本さんちの歴史や記憶を引き継ぎながら、自分たちが関わることで、これからどんな家に、場所に、育っていくのだろう?そのプロセスを僕たち自身が考えて、伝える機会になればいいなという想いもありました。
「松本家展」は2021年・2022年・2025年と、全3回開催。たとえば、写真やエッセイ、模型の展示など、松本家と葛尾村に関わる作品を展示したり。第3回目は「家開き事始め」と題して、松本家を公開したり。これまでの作品を家の中で展示しながら、そこに集った松本さんご家族や、近所の人たち、お客さんと、松本家で語り合うひとときを過ごしました。
気づけば、この家に関わり始めて5年。かつて高校生だった僕も、大学生を経て社会人になりました。今はエンジニアの仕事をしているのですが、松本家の一室を仕事部屋にさせてもらっています。ここにいると、家のいろんな場所に、松本さんの家族写真や暮らしのあとが残っていて、もとからある葛尾村の日常に触れられているなあって思うんですよね。



実は東京でも仕事をしていて、今は葛尾村との2拠点生活。と言っても、できるだけ村にいたいなと思っています。エンジニアという仕事を選んだのも、葛尾村にいながらできる仕事がいいという考えから。暮らしと仕事って、切り離せないじゃないですか。この村にいたいな、と思ったときに、仕事はどうしようって。今はいろんな働き方がありますし、葛尾村で働きながら暮らす若い人が、これから少しずつ増えていったらうれしいですね。
僕は葛尾村に関わりはじめて、8年くらいになるのかな。暮らし方も、働き方も、まさに手探り状態。でも、これからも葛尾村や「松本家」に関わり続けたいという気持ちは変わりません。この場の使い方や運営方法も、これからどうしようかなあと考えているところです。隼也さんの意見も聞いてみたいですね。「松本家」は、いつでも誰でも自由に入れる場所というわけではありません。でも、もしこの記事を読んで少しでも気になったら、ぜひ声をかけてもらえたらうれしいです。一緒にごはんを食べながら、ゆっくり話せたらいいですね。
あ、ちなみに僕、たまにカレー屋さんをやってるんですよ。毎回力作なので、タイミングが合えばぜひ、食べていってください!
[2025年11月取材]
